コーヒー生産調達に関する生物多様性評価
TNFD, CSRD, EUDRへの対応
はじめに
私たちの暮らしは、自然に由来する様々な産物(コモディティ)に依存しています。熱帯で生産されるコーヒー豆(以下、コーヒー)も、生物多様性の恩恵の一つです。
コーヒーの元となるコーヒーの木はアカネ科の植物で、Coffea arabica(アラビカコーヒーノキ)とCoffea canephora(ロブスタコーヒーノキ)の2種類あり、それらの栽培地は、熱帯地域の60以上もの国々に広がっています。コーヒーの栽培面積は1100万ヘクタール以上におよび、1400万から2500万世帯の農民(そのほとんどが小規模農家)によって支えられてます。
コーヒーの栽培適地である熱帯地域は、野生生物の種類数が豊かな生物多様性ホットスポットなので、コーヒーの木を栽培する農園管理においては、生物多様性に関する特段の配慮が要求されます (Figure 1)。
Figure 1: コーヒーの生産地域と生物多様性の重なり
コーヒー生産のインパクト
例えば、熱帯林を伐採してプランテーションを造成すると、その土地本来の生物多様性や生態系の機能に負の影響を与えます。大規模な自然の改変は、野生生物の生息場所を減らし、生物相の豊かさを消失させ、森林の機能(例えば、炭素貯留量)も劣化させます。これは、集約的なコーヒー収穫と生物多様性の保全の間のトレードオフ関係として知られています [1]。
そのため、熱帯林で生産されるコーヒーは、生態系を破壊する可能性のある「森林リスク・コモディティ」として注視されています。したがって、コーヒーを調達する企業は、自社の事業活動に関係する森林破壊リスクを回避するために、コーヒーのトレーサビリティを確保し、サプライチェーンの最上流部のコーヒー農園の自然関連の情報を把握する必要があります。具体的には「個々の農園が、どのような自然と接点があるのか、どのような自然に依存し、影響を与えているのか」を定量し、「コーヒー生産に関連したリスクを把握し、必要に応じて情報開示する」ことになります。
気候と自然に関連したコーヒー生産・調達リスク
コーヒーの生産や調達に関わる気候・自然リスクとしては、気候変動に伴うコーヒーの栽培適地の変化と生産量の減少、病虫害によるコーヒー生産量の減少などがあります。実際、コーヒーは気温や降水量に敏感なので、気候変動による栽培適地の消失や生産量の劣化が懸念されています。気候温暖化シナリオを元にした分析では、将来的に、コーヒーの栽培適地は大幅に移動することが報告されています。コーヒー栽培に適した地域は、今後、世界的に約50%減少し、その影響は、低緯度・低標高の地域(熱帯の低地)で大きくなることが予測されています [2]。気候変動に対応して、コーヒーの栽培適地がシフトすると、新たな栽培場所になりうる自然林におけるプランテーションの開発圧力が高まり、同時に、コーヒーノミキクイムシによる被害も生産量に影響を与えることが示唆されています。気候変動に適応した新たなコーヒープランテーションの開発(自然林から農園への転換)は、炭素貯留量を590万トンから1566万トンも消失させ、脊椎動物の絶滅危惧種の生息場所の35%に影響を与えることが予測されており [3]、さらなる生物多様性の消失と生態系機能の劣化が懸念されています。
以上のような背景から、欧州では、EUDR(EU Deforestation Regulation)によって、森林破壊に由来するコーヒーの流通は厳しく制限されます。このようなコーヒーの流通に関わる環境規制と、気候や自然の変化に伴うコーヒーの栽培適地の変動と生産量の減少は、コーヒーの持続的な供給を困難にするでしょう。
そもそも、熱帯地域で生産されるコーヒーは、発展途上国から輸出されるコモディティの中で最も経済的価値の高いもののひとつで、コーヒーのサプライチェーンにおける加工、焙煎、販売には、何百万もの人々が関与しています。したがって、サプライチェーン最上流部のコーヒーの生産と調達における気候・自然関連リスク対応は、巨大なコーヒー市場を支える必要条件になります。
気候と自然に配慮した持続可能なコーヒー生産・調達に向けて
気候変動を抑止あるいは適応しつつ、生物多様性を保全再生するためには、カーボンニュートラルやネイチャーポジテイブに関するアクションの実効性を強化する必要があります。そのための初手として、現状のコーヒー生産・調達の気候・自然リスクを定量的に把握することが重要です。
TCFDやTNFDに沿った情報開示は「開示すること」がゴールではありません。あるいは、EUDRへの対応も、森林伐採に関わる農園からの調達を、単純に排除するだけでは不十分でしょう。
ファイナンシャルセクターに向けた気候や自然に関する情報開示は、カーボンニュートラルやネイチャーポジテイブに向けた事業変革の道筋を見据えたものであるべきです。同時に、生産者に対しては、気候と自然に関する配慮という観点のエンゲージメントが重要になり、生産者との対話や連携に基づいて、コーヒー生産・調達の持続可能性を高めていくべきでしょう。
GBNATによるロケーション評価
このような課題意識に応えるために、シンク・ネイチャーでは、コーヒーなどの森林リスク・コモディティに関する生産地の自然関連データを提供する”Global Biodiversity and Nature Assessment Tool”(GBNAT)を開発しました。
GBNATは、ビジネスにおける生物多様性対応を支援する自動レポーテイングのWebサービスです。
コーヒー調達に関わる企業は、全世界のコーヒー農園を対象にして、自社が想定するコーヒー農園の位置を、GBNATの地図上から選択し、生物多様性の重要性や完全性などの指標、農園周辺の森林伐採情報を選択し、専門的な評価レポートを出力できます。
Figure 2: コーヒー農園の生物多様性の重要度
Figure 3: コーヒー農園の生物多様性の完全性
コーヒー農園の位置を入力すると、世界地図上にコーヒー農園のポイントが打点されます。そして、各農園の「生物多様性の重要度(保全優先度指標)」や「生物多様性の完全性(自然の残存度指標)」が出力され、生物多様性保全の観点で注視すべき農園がランキングされグラフ表示されます。
Figure 4: コーヒー農園周辺の森林伐採
さらに、各農園の周辺の森林面積変化を定量したデータを基に、森林伐採の現況を把握できます。 例えば、農園周辺の森林面積が、近年大きく減少している場合は、森林破壊が進行中なので、その地域で生産されるコーヒーは森林破壊に由来する可能性が高くなります。一方、農園周辺の森林面積が全く減少していない場合は、森林が保全されていることを意味し、その地域のコーヒー生産は、森林破壊リスクを回避できていることを示します。 したがって、農園周辺の森林伐採指標でランキングしたグラフは、各地域で生産されるコーヒの森林破壊リスクを表すデータとして活用できます。
TN LEADによるリスク・シナリオ分析
以上のような評価結果を着手点にすると、さらに、衛星データなどを活用して、深掘りした高解像度(20mスケール)の可視化分析を行うことも可能です(TN LEADによるサービス)。そうすると、各コーヒー農園の管理手法(大規模プランテーションによる慣行農法、アグロフォレストリー、有機・減農薬など)が、生物多様性・生態系サービスへ与えるネガテイブ・ポジテイブの両面のインパクトを定量できます。
これにより、農園独自の栽培・生産に応じた生物多様性の保全再生効果や炭素の貯留効果など、コーヒー生産のスペシャルティを数値的に把握できます。
さらには、気候変動や病害虫が生産量に与える影響や、農園管理に関する様々なシナリオを設定してシミュレーションを行い、成り行きシナリオにおけるコーヒー生産量の将来的な増減リスクを予測したり、コーヒー生産・調達を持続的に維持するためのサプライチェーンの改善など、実効性のあるアクションプランをシナリオ分析を元に立案できます。
TN LEAD と GBNAT の関係については、こちらのページをご覧ください。
さらに読む:農園ごとの評価
各地域の個々のコーヒー農園の評価結果は、以下の記事で紹介しているので、ご覧ください。
- 南米
- ブラジルのコーヒー農園の評価事例
- メキシコのコーヒー農園の評価事例
- ホンジュラスのコーヒー農園の評価事例
- グアテマラのコーヒー農園の評価事例
- コロンビアのコーヒー農園の評価事例
- ペルーのコーヒー農園の評価事例
- ニカラグアのコーヒー農園の評価事例
- コスタリカのコーヒー農園の評価事例
- ドミニカのコーヒー農園の評価事例
- アジア
- ベトナムのコーヒー農園の評価事例
- インドネシアのコーヒー農園の評価事例
- 日本のコーヒー農園の評価事例
- インドのコーヒー農園の評価事例
- フィリピンのコーヒー農園の評価事例
- アフリカ
- エチオピアのコーヒー農園の評価事例
- ウガンダのコーヒー農園の評価事例
- コートジボアールのコーヒー農園の評価事例
- ケニアのコーヒー農園の評価事例
- タンザニアのコーヒー農園の評価事例
Reference
- [1]: Zewdie, B., Tack, A. J., Ayalew, B., Wondafrash, M., Nemomissa, S., & Hylander, K. (2022). Plant biodiversity declines with increasing coffee yield in Ethiopia's coffee agroforests. Journal of Applied Ecology, 59, 1198–1208. https://doi.org/10.1111/1365-2664.14130
- [2]: Bunn, C., Läderach, P., Ovalle Rivera, O. et al. A bitter cup: climate change profile of global production of Arabica and Robusta coffee. Climatic Change 129, 89–101 (2015). https://doi.org/10.1007/s10584-014-1306-x
- [3]: Magrach A, Ghazoul J (2015) Climate and Pest-Driven Geographic Shifts in Global Coffee Production: Implications for Forest Cover, Biodiversity and Carbon Storage. PLOS ONE 10(7): e0133071. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0133071
このページの著者 | |
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久保田 康裕 株式会社シンク・ネイチャー CEO |
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投稿日 | 2024/12/02 |
最終更新 | 2024/12/02 |