ホンジュラスのコーヒー農園の事例
UnsplashのApilak Sangkhwanが撮影した写真
はじめに
私たちの暮らしは、自然に由来する様々な産物(コモディティ)に依存しています。熱帯で生産されるコーヒーも、生物多様性の恩恵の一つです。
コーヒーを栽培・生産するには、自然の土地を改変する必要があります。例えば、熱帯林を伐採してプランテーションを造成すると、その土地本来の生物多様性や生態系の機能に負の影響を与えます。大規模な自然の改変は、野生生物の生息場所を減らし、生物相の豊かさを消失させ、森林の機能(例えば、炭素貯留量)も劣化させます。そのため、熱帯林で生産されるコーヒーは、生物多様性や生態系を破壊する可能性の高い「森林リスク・コモディティ」として注視されています。
したがって、コーヒーを調達する企業は、事業活動に関係する森林破壊リスクを回避するために、コーヒーのトレーサビリティを確保し、サプライチェーンの最上流部のコーヒー農園の自然関連の情報を把握する必要があります。具体的には、個々の農園が、どのような自然と接点があるのか、どのような自然に依存し、影響を与えているのかを定量し、それらに関連したリスクを把握し、必要に応じて情報開示することになります。
そこで、シンク・ネイチャーでは、コーヒーなどの森林リスク・コモディティに関する生産地の自然関連データを提供する”Global Biodiversity and Nature Assessment Tool”(GBNAT)を開発しました。GBNATは、ビジネスにおける生物多様性対応を支援する自動レポーテイングのWebサービスです。
GBNATは、全世界のコーヒー農園について、生物多様性や生態系サービスの観点に関する評価レポートを出力できます。コーヒーの調達に関わる企業は、自社が想定するコーヒー農園の位置を地図上から選択し、生物多様性の重要性や完全性などの評価指標を選択することで、専門的な分析レポートをweb上で得ることができます。この評価レポートは、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)やEUDR(欧州森林破壊防止規則)に沿った情報開示の対応に活用できます。
ホンジュラスのコーヒー農園の評価事例
ホンジュラスのあるコーヒー農園を評価した結果を、以下に紹介します。
評価したいコーヒー農園の場所をGBNATの地図で指定したり、農園の地理情報(緯度と経度)を入力すると、以下のように、農園のロケーションが世界地図上に打点されます。
そして、エコリージョンやバイオームの地図が表示され、そのコーヒー農園が、どのような自然と接点があるのかが把握できます。
このホンジュラスのコーヒー農園のエコリージョン・タイプはCentral American montane forests、バイオーム・タイプはTropical and subtropical moist broadleaf forestsであることがわかります。
Figure 1: 農場の位置とエコリージョン、バイオーム
さらに、このコーヒー農園が、「生物多様性の重要性」の観点から、どのようなランクに位置付けられるのか、可視化されます。以下の地図は、数十万種の野生生物の分布データをもとに計算された保全優先度をヒートマップで表しています。赤色の場所ほど、生物種数や希少種が多く、その土地の自然が破壊された場合の生物多様性の消失(野生生物種の絶滅リスク)が高いことを示しています。このホンジュラスのコーヒー農園の生物多様性の重要性は、世界ランクでは上位5.6%に相当する場所で、ホンジュラス国内的には上位45.0%であることがわかります。
Figure 2: 農場の生物多様性の重要性
また、以下の地図は、人為的に改変されていない自然の残存度を示す「生物多様性の完全性」をヒートマップで表したものです。このコーヒー農園の周辺は、自然の残存度合いは世界的に見た場合は上位から70.8%、ホンジュラス国内的には上位36.2%で、比較的土地開発が進んでおり、自然度が比較的低い地域であることがわかります。
Figure 3: 農場の生物多様性の完全性
一方、このコーヒー農園周辺の最近20年間の森林伐採状況を見ると、以下のようになっており、近年も森林面積が減少し、森林伐採が中程度の水準で継続されていることがわかります。
Figure 4: 農場の周辺の森林伐採
以上の結果をもとに、生物多様性の保全再生の観点で、このホンジュラスのコーヒー農園のロケーションを評価すると、以下のようなグラフで表すことができます。 横軸に「生物多様性の重要性」をとり、縦軸に「生物多様性の完全性(自然の残存度)」をとって、このコーヒー農園の世界的な位置を確認できます。世界的にもホンジュラス国内的にも、このコーヒー農園の生物多様性の重要性は高く、自然が比較的保たれた地域であることが理解できます。
Figure 5: 事業拠点の多次元的解釈
この結果から、コーヒーの生産・調達に関連して、以下のことが読み取れます。 この農園は、生物多様性が豊かで希少性も高い場所に立地しているため、コーヒーを生産する上で、自然への配慮が特段に要求される。
実際、このコーヒー農園周辺の生物多様性をより詳細に見ると、以下のグラフから、自然の森林を構成する樹木は1679種、そこに生息する哺乳類は102種、鳥類は178種、爬虫類は34種、両生類は11種に及び、それぞれ希少種も多く含まれるので、生物分類群ごとの保全優先度も極めて高い(上位6.0%以内)ことがわかります。
Figure 6: 事業拠点の生物種数と保全上の重要性(分類群ごと)
しかしながら、この農園の周辺は、近年の森林伐採も継続されており、森林破壊を伴うコーヒー農園の拡大によって、地域的な生物多様性や生態系サービスが劣化するリスクがある。
コーヒー農園を注視すべき理由
コーヒー農園は、生物多様性が豊かで、希少性も高い場所に立地していることがほとんどです。また、コーヒー栽培・生産方法は地域性があり、個々の生産者(農園)によって「自然に配慮した工夫」、例えばアグロフォレストリー的な生産あるいは有機・低農薬農法などが、なされていることも少なくありません。そもそも、コーヒーの品質を高めたり、コーヒーの生産量を長期的に維持するためには、自然の林冠樹木を保持したり、花粉を媒介する生物相の豊かさを保ち、病虫害を抑制する自然の機能を強化することが重要です。したがって、個々の農園で経験的に行われている自然に配慮した農園管理は、コーヒー生産の持続可能性に寄与しているはずです。
シンク・ネイチャーでは、以上のような分析を元に、個々の農園レベルの生物多様性を高解像度で可視化し、農園管理手法と生物多様性の関係を評価することも可能なので、コーヒーの持続的生産と地域的な生物多様性の保全再生との調和(自然と共生した生産手法)を検討していきたいと思います。